2018年6月21日木曜日

ルターナイツ in まつもと のご案内。

次の日曜日・24日の19時から、
松本教会にてルターナイツ in まつもとが行われます!


今回のゲストは……
ヤマショウズ(HP: http://yamashowsweb.blogspot.com/)
中西丈博氏(Facebook)です!
野口和音牧師のヴァイオリンと、”賛美歌のウラ話”もあるカモ……?

参加費は軽食込みで500円、事前申し込みは不要です。
日曜日の夜を、ちょっとトクベツな時間にしませんか?
皆様どうぞご参加ください。お待ちしています。

2018年6月20日水曜日

今週のみことば~主日説教要旨~

ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は、断食していた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。「ヨハネの弟子たちとファリサイ派の弟子たちは断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか。」
イエスは言われた。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客は断食できるだろうか。花婿が一緒にいるかぎり、断食はできない。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その日には、彼らは断食することになる。だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。そんなことをすれば、新しい布切れが古い服を引き裂き、破れはいっそうひどくなる。また、だれも、新しいぶどう酒を古い革袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、ぶどう酒は革袋を破り、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。」

──マルコによる福音書2章18-22節

† † †

現在でも多くの宗教が断食を行っていますが、宗教的儀式としての断食には、神様に心を向けるためのものという共通点があるように思います。生前のイエス・キリストもユダヤ教徒でありましたし、ユダヤ教では、旧約聖書の時代にイスラエルが陥落し、神殿が破壊されたことを神様に罪を犯した罰として捉え、そのような日を覚えて罪の懺悔と赦しを求める行為として断食を行っていました。
けれどもファリサイ派の人々は本来神様に心を向ける断食の最中に、神様からわき目を振って、断食をしていないイエスの弟子たちを裁くかように問いかけています。もはやファリサイ派の人々にとって断食、それが定められた律法は、神様に心を向けるためのものから、それを守れない人々を裁くために使われてしまっているのです。

私たちも現代において、キリストの教えを聞いています。人を愛し、人に仕え、共に生きる。素晴らしく理想的な教えであると思うでしょう。けれども実際の生活の中で、私たちはその教えはどれだけ守れているでしょうか。その教えが正しいものであることをどんなに理解していようとも、誰かに愛をもって接してあげたいと私たちがどんなに願っていても、実際には、いつもそうあることはできないという現実もあるのではないでしょうか。
そんなとき、私たちにとって、キリストの教えが重荷となる、そんな時もあるかもしれません。あるいは自分よりも愛にあふれた人を見て妬んだり、キリストの教えを守れない人に理想的な生き方を押し付けようとしてしまう、そんな私たちがいるかもしれません。

だからこそ、キリストは今は断食をする時ではなく、婚宴の時のように喜びなさいと言ってくださっています。
キリストの教えを守ることのできない私たちだからこそ、弱く神様の前に罪深い私たちだからこそ。だから私はあなたと一緒にいるんだと言ってくださる。だからあなたを愛しているんだと言ってくださる。そのようなキリストが共にいることを知るとき、私たちの中からたくさんの祈りの言葉があふれ出てくるのではないでしょうか。
つらかった。くるしかった。この一週間、あなたの御言葉に従って生きることができませんでしたという祈りをもって神様の前に立つとき、それを確かに受け止めてくださるキリストが、今、私たちと共に生きておられる。それは耐え難い喜びではないでしょうか。
神様によって私たちの全てが受け止められている、その喜びが私たちにあって初めて、またこの一週間もキリストの教えを守って生きようと、新しく歩みだすことが出来るのだと思います。

キリストは断食に新しい意味を持たせました。断食をするとき、それは花嫁が奪い去られる時──キリストが十字架にかかっていく時、そして私たちと共におられる神様が見えなくなる時であるのだと。
けれどもそのようなときにこそ、キリストの十字架を見上げなさいとキリストは言われるのです。そこには罪の赦しがあります。今や断食は、罪の懺悔のためにではなく、キリストの十字架によって私たちが新しくされていくことを表すものとなったのです。
そこには祈りという言葉では表現しきれない意味があります。神様に心を向けていくその時に、私たちの日々、私たち自身の全てが十字架によって新しくされていく。だからこそ、それを断食という言葉をもってキリストは語られたのです。
どのようなときにも、こうしてキリストの十字架を思い起こし、キリストが私たちを新しくされていること、そしていつでも共におられることを覚えて、歩んでいきたいと思います。

2018年6月19日火曜日

いのち学 第2回

18日(月)19時から松本教会ではいのち学が開かれました。


谷口俊一郎先生から前回の振り返りを含めて、”○○の『はじめ』はどこにあったのか?”を考えるお話をしていただきました。


DNA研究から私たちの設計図は既に判明し、iPS細胞などによって皮膚の細胞から内臓器官を作ったりする技術が可能となった現在の状況などを紹介しつつ、進化論から宇宙創成の話まで、幅広い話題を取り扱ったお話をお聞きしました。
そして科学と宗教(神)が交わるところはどこなのか、という着地点のなかで、いのちについてそれぞれに語り合いました。

そのあとは、皆で食事を分かち合いつつ団欒の時を過ごしました。


お腹いっぱいになりつつ、皆さんとの交わりの時が持てたことに感謝します。

† † †

来月のいのち学は7月16日(月・祝)19時からの予定です。
参加費は500円、申し込みは不要です。
どうぞお気軽にお越しください。

聖霊降臨後第5主日礼拝のご案内。

次週6月24日(日)10時半より、聖霊降臨後第5主日の礼拝が行われます。

長野教会では野口和音牧師の説教により
「ルールは愛から生まれる」
と題して聖餐礼拝が守られます。

松本教会では鈴木浩牧師により
マルコ福音書連続講解説教として
「宣教と癒し」
(マルコ1:34-45)
と題し、主日拝として守られます。
どうぞご自由にご参加ください。お待ちしております。

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ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。ファリサイ派の人々がイエスに、「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。
 イエスは言われた。「ダビデが、自分も供の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。」
そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」


──マルコによる福音書2章23-28節

2018年6月17日日曜日

聖霊降臨後第4主日礼拝。20180617

本日は聖霊降臨後第4主日の礼拝でした。
長野教会では信徒礼拝として、松本教会では聖餐礼拝として守られました。

麦収穫の季節です


先週に引きつづき、バーグ先生の奥様と娘さんが松本教会に来られました。
懐かしさを互いに分かち合いながらの昼食会となりました。

お昼ご飯は特製カレー!

昼食後は教会の庭になったあんずを収穫し、ジャムを作りました。

ビニールシートを引き、木を揺らして一気に実を落とします。
男性陣が全力で収穫してくださいました。
ひとつひとつ手作業で種を取り除きます
砂糖とレモンでそのまま煮込んでジャムにします
ラベルも製作中



作ったジャムはバザーなどで販売する予定です。どうぞお買い求めください。

† † †

明日18日(月)19時から、いのち学が開かれます。
癌の研究者である信州大学の谷口名誉教授と共に
みなさんで”いのち”について考えてまいりましょう。
参加費500円!軽食もあります。
どうぞどなたでも気軽にお越しください。お待ちしています。

2018年6月16日土曜日

昼カフェ&手仕事会。20180615

15日(金)は昼カフェ&手仕事会でした。
本日の手仕事会はヒンメリづくり。12時から先生と皆様と共にランチを囲みました。

野菜たっぷりの手作りサンド!

梅雨入りをしたということで、左上はアジサイをイメージしたデザートに。
お腹も落ち着いたところで、先生のお話を聞きながらヒンメリづくりに挑戦しました。

材料には藁を水に浸したものを使います

ヒンメリはフィンランド語で「天」を表す言葉です。
古くは精霊信仰から始まっていて、ヒンメリを食卓に飾ることで幸運がやってくる、お守りとしても使われていたのだそう。
材料となる藁の収穫の時期に作られ、一年過ぎると作ったヒンメリは燃やし、また新しいものを作っていく一年のサイクルがあり、現在でも家庭で作られることが多くなってきた、というお話を聞きながら、ヒンメリの作り方を教えていただきました。

教えていただきながら皆さん真剣に作られています

基本形である正8面体を二種類の大きさで作り、それをそれぞれに組み合わせました。
なんだか組み合わせ方に、個性が出ているような気がします。

今日は基本形をそれぞれ組み合わせて作りました

記念撮影をしたのち、それぞれに作ったヒンメリを持ち帰りました。
作ったヒンメリは、今はキッチンの窓辺に飾られています。
作っている間や完成したものを眺めているあいだは、なんだか心が静かになるような、そんな不思議な魅力がヒンメリにはあります。
今後もちょっといろんな形に挑戦してみたいと思う、とても楽しいときとなりました。


2018年6月14日木曜日

あんずの季節です。

教会の庭に植わっているあんずの木の実がここ数日でみるみる熟しています。
毎朝起きると何個か地面に落ちているので、そろそろ収穫の頃合なのだそうです。

ぶどうみたいに実が密集してついています
 

いくつかはジャムにするために手でもぎったりして収穫しました。
そのうち一つをちょっと味見。甘酸っぱい味が口に広がりました。
ジャムにするのが楽しみです。



5月の地震と老朽化のため外れてしまったカーテンレールも無事新調できました。
柱の木が随分しっかりしたものだったのでネジ止めに初めは難航しましたが、なんとか固定出来て一安心です。


† † †

6月17日(日)10時半からは、聖霊降臨後第4主日の礼拝が行われます。
どうぞお越しください。お待ちしています。