2021年10月21日木曜日

次回24日・聖霊降臨後第22主日礼拝の御案内。

次週2021年10月24日(日)は聖霊降臨後第22主日の礼拝です。

野口和音牧師の説教
「救いのクロス・ロード」

と題して、
松本教会では通信礼拝として、長野教会では主日礼拝として、
10時半から礼拝が行われます。
牧師は長野教会におります。
どうぞご自由にお越しください。
礼拝後に礼拝動画を載せます。こちらもどうぞご視聴ください。

† † †

一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。 ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。 多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。 イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」 盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。 イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。 そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。

──マルコ福音書10章46-52節

2021年10月20日水曜日

今週の黙想文(マタイ6:26)

空の鳥をよく見なさい。
種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。
──マタイ福音書6章26節


† † †

神学校にいたとき、精神的に追い詰められた時期がありました。
その時ある先生に、「あなたはよく『~しなければならない』と口にするけれど、そのようなことは何一つありませんよ」と言われたことをいつも思い出しています。
幸いなことに日本では、仕事も人間関係も全て放り出したとしても生きていけます。
私たちが抱えているすべてのことは本来、自分の「したい」という選択から与えられているものなのです。
「しなければならない」と思うもの、「したい」と思うことを私たちからすべて取り除くと、最後に何が残るでしょうか。
そこにはありのままの私たち、神様に愛されている無力な幼子が残ります。
赤ん坊は何かが出来るから、何かをしているから偉いのではありません。
私たちが持ちえる技術や地位に関わらず神様は私たちを愛の眼差しで見ておられるのです。
そのことを本当に受け入れる時、後ろ向きな「しなければならない」が消え去るだけでなく、前向きな「しよう」に変わるのです。
(20211017週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。

2021年10月14日木曜日

次回17日・聖霊降臨後第21主日礼拝の御案内。

次週2021年10月17日(日)は聖霊降臨後第21主日の礼拝です。

坂本千歳牧師の説教
「天与の使命に生きたいのに……!」

と題して、
松本教会では主日礼拝として、長野教会では信徒礼拝として、
10時半から礼拝が行われます。
どうぞご自由にお越しください。

礼拝のライブ配信は一旦停止しています。
県内の新型コロナウイルス警戒レベルが4以上になったら再開いたします。
また、牧師休暇の為、今週の礼拝動画の配信はありません。
ご了承ください。

† † †

ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」 イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、 二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」 イエスは言われた。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」 彼らが、「できます」と言うと、イエスは言われた。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる。 しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、定められた人々に許されるのだ。」 ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた。 そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、 いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。 人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」

──マルコ福音書10章35-45節

2021年10月13日水曜日

今週の黙想文(ヨハネ4:39)

その町の多くのサマリア人は、
……女の言葉によって、イエスを信じた。
──ヨハネ福音書4章39節


† † †

自分が神様とどのような出会いを与えられたか、そして今、神様とどのような関係を持っているのか──自分の信仰について、言葉にしたことはあるでしょうか。
私も神学校に行くまでは具体的な言葉にしたことがありませんでした。
たとえ教会の中でも、そのような機会は多くないように感じます。
キリストに出会ったサマリアの女性は、神学に詳しかったわけでもなく、話術に長けていたわけでもありませんでした。
彼女はただ、自分に起こったキリストとの出会いを単純に語ったことで、さらに多くの人々をキリストに出会わせたのです。
ですから、私たちが信仰を語るのに、聖書について豊富な知識は必要ありません。
上手い言葉でなくてもいいのです。
大切なことは、私たち一人ひとりにとって自分と神様との関係をどのような言葉で言い表せるかということです。
その言葉がはっきりと見えたとき、私たちの信仰の形がハッキリ見えてくるでしょう。
またそれを分かち合う喜びや、信仰で結び合わされた友としての関係も、一層豊かになるのです。
(20211010週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。

2021年10月10日日曜日

聖霊降臨後第20主日礼拝。20211010

本日10月10日は、聖霊降臨後第20主日の礼拝でした。
松本教会では通信礼拝として、長野教会は主日礼拝として行われました。


長野県内はコロナ陽性者も毎日数えるほどになり、第5波も無事乗り越えられたことに胸をなでおろしています。
10月に入るというのに、夏のような日差しと気温でした。
例年にない気候ではありますが、季節の変わり目を迎えています。
引続き体調にはお気をつけて過ごされますように。

**本日の礼拝動画**


(▶️をクリックすると再生されます)
※長野教会の礼拝動画となります。

**本日の使徒書・福音書**
アモス書5章6-7,10-15節〈旧p1434〉
ヘブライ人への手紙4章12-16節〈新p405〉
マルコによる福音書10章17-31節〈新p81〉

説教「あなたの拠り所はどこにある」

*祈り*

永遠の命の源である神様。
あなたは私たちの誰一人、滅ぼすことを望まれなかったからこそ、キリストをこの世にお遣わしになりました。
イエス・キリストが人として私たちと共に生き、救い主として十字架におかかりになったことの中に、主よ、あなたの愛と赦しが示されていることを私たちは信じます。
私たちは生まれながらに罪深く、汚れに満ち、思いと言葉と行いによって多くの罪を犯すものです。
あなたを礼拝する度に私たちはそれを思い起こし、それを懺悔いたします。
しかし主よ、あなたはその罪さえも私たちをあなたへの信仰を強める糧として用いてくださいます。
私たちがあなたに従えない時、あなたへの信仰の弱さを目の当たりにする時にこそ、あなたは果てしない赦しをもって、何度でも私たちに御心に生きるようにと招いてくださいます。
十字架を背負って従い続けることの辛さを、キリストはご自身をもって体験されました。
それは、私たちが御心に生きようと願う時に妨げとなる罪の辛さを、共に担ってくださるためでした。
私たちが一人ひとり拠り所としているものを見つめる時、そこにあなたが生きておられることを覚えさせてください。
お金も、行為も、人間関係も、その中にあなたの愛と御心があるからこそ、誰かを救うために用いられるものです。
キリストを通してあなたの御心が顕されたように、私たち自身を清め、誰かにとってのキリストとして用いてください。