2020年9月2日水曜日

今週の黙想文(Iコリ12:24b)

神は、見劣りする部分をいっそう引き立たせて、
体を組み立てられました。
──コリントの信徒への手紙 I 12章24b節

† † † 

私たちにとって苦手なこと、欠けていると感じている部分は何でしょうか。
キリスト教では個人に授けられたものを神様からの「賜物」という言葉で表現することがありますが、そこには実は私たちにとって苦手な部分、欠けもまた含んでいるのです。
弱さや欠けは人々との関係を崩すものだとして公にしたくないと思われがちですが、私たちが教会──神様の御前に集うとき、その弱さがいっそう引き立たせられるのは「各部分が配慮しあう」ことによる平和を私たちに教えるためなのです。
先日ニュースで、「新型コロナウイルスに感染したら他の人に言いますか」という質問に、多くの人が「言わない」と答えていました。
この答えからは、互いに配慮が失われると共に、人々の関係における平和も失われているように思います。
他者の弱さを自分のもののように配慮することによって与えられる平和の関係を、まず私たち一人ひとりから始めてまいりましょう。

(20200830週報記載)

……今週の黙想とは……

日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。