2021年10月6日水曜日

今週の黙想文(エフェソ2:10)

神が前もって準備してくださった善い業のために、
キリスト・イエスにおいて造られたからです。
──エフェソの信徒への手紙2章10節

† † †

パウロはキリストの救いの目的について、私たちは「善い業」を行うために神様によって造られたと語っています。
それはつまり、私たち自身がこれまで誰かに対して「善い」振る舞いをしていなかったことを教えられることでもあります。
大変つらいことです。
聖書はそれを罪と呼びますが、その罪を私たちから取り除いてくださるために、キリストはやってこられました。
私たちの幸せは、どれだけ深い罪の中にあったとしても私たちが「善い業」のために造られたことを、神様だけは信じ続けてくださっているということです。
あなたが幸せであってほしいと誰よりも願っておられるのは、あなたを造った神様ご自身であるのです。
「善い業」といっても、何か難しいことや、特別なことをする必要はありません。
なによりもまず、やさしく、愛情をもつことから始まります。
毎日、あなたの一番近くにいる人に親切であることほど、大きな善いわざはないのです。

(20211003週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。