2021年11月14日日曜日

聖霊降臨後第25主日礼拝。【礼拝動画】

本日11月14日は、聖霊降臨後第25主日の礼拝でした。
松本教会では通信礼拝として、長野教会は主日礼拝として行われました。


いよいよ今週と来週で教会の暦の一年が終わります。
終末を取り扱う日課から、私たちがどのように歩むことを勧められているかに耳を傾けました。
県内は連続してコロナ陽性者が0人を記録しており、このまま落ち着いた時が続くことを祈るばかりです。
昨日は松本教会の方ではミニバザーも無事行われました。
コロナとうまく付き合っていくための距離を見出し、その中で教会が一歩ずつでも前進していけるようにと願います。

**本日の礼拝動画**


(▶️をクリックすると再生されます)
※長野教会の礼拝動画となります。

**本日の使徒書・福音書**
ダニエル書12章1-3節〈旧p1401〉
ヘブライ人への手紙10章11-25節〈新p413〉
マルコによる福音書13章1-8節〈新p88〉

説教「たとえ世界が明日終わろうとも」

*祈り*

御国の主なる神様。
私たちの生きる現実の中には、様々な争いや苦難が起こります。
それは私たち一人ひとりに降りかかる病や苦しみであったり、あるいは世界の多くの人々が経験する苦難や天変地異であるかもしれません。
しかしそれらのことを通して私たちのいのち、私たちの世界が終わりに近づいていると浮足立つのではなく、今日この日にしっかりと立つことが出来る信仰をお与えください。
朝、あなたに心を向けて祈りを捧げ、愛と励ましをもって関わり合い、互いに支えあい、あなたへの感謝をもって夜眠りにつく、そのような信仰に生きる一日を積み重ねることが出来るようにしてください。
天地が滅びても揺らぐことのないあなたの御言葉によって私たちを励まし、御国における永遠のいのちへと私たちを生かしてください。
日々の中に起こるあらゆる不安に慌てることがないように、デマや根拠のないうわさに惑わされることのないように、私たちに知恵と力とを与えてください。
聖書は神は愛であると証しています。
私たちに恐れと強制ではなく、尊重と自由をもって臨んでくださる愛の神様であることを基準にして、私たちが全てのみ言葉を受け取ることが出来ますように。
このコロナ禍の中で浮き彫りにされてきたのは、ただウイルスによる病の苦しみだけではなく、私たちの弱さと罪の姿であったことを思い起こします。
誰かを差別し排除する姿や、余裕を奪われ、立場の弱い者を一方的に傷つけあう姿が、悲しい事件として引き起こされてきました。
一歩間違えれば互いに滅ぼしあってしまう罪を私たちが抱えていることをおぼえ、悔い改めさせてください。
そして私たちがあなたへの信仰に生きる姿と愛の関わりとを通して、一人でも多くの人々が平安と慰めを与えられ、この苦難の時を乗り越えることが出来ますように導いてください。