2022年8月24日水曜日

今週の黙想文(マタイ16:26)

人は、たとえ全世界を手に入れても、
自分の命を失ったら、何の得があろうか。
──マタイによる福音書16章26節


† † †

私たちは身体の健康には気を遣いますが、魂の健康にも気を配れているでしょうか。
私達の魂が損なわれるとき、感謝と謙遜が少しずつ失われ、傲慢になったり、自分の命を大切にしなくなるのです。
最も恐ろしいことは、自分がいつの間にかそうなっていることになかなか気づけないということです。
これこそが私たちの魂は罪という病に冒されている証なのです。
キリストがここでいう「命」とは、身体的な命だけではなく、私たちの罪によって損なわれてしまう魂のことも含んでいます。
だからこそ「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」とキリストは言われたのです。
キリストは十字架によって、私たちの全ての罪を赦してくださいました。
永遠のいのちと神の国への道を切り開いてくださいました。
そうして、わたしたちの魂がこの世においても損なわれることのないように、み言葉を通して私たちに今日も悔い改めを呼びかけてくださっているのです。

(20220821週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。