2023年9月6日水曜日

今週の黙想文(ヘブライ9:27)

また、人間にはただ一度死ぬことと、
その後に裁きを受けることが定まっているように…
──ヘブライ人への手紙9章27節


† † †

ある料理人が新しいレシピの作成に頭を悩ませていました。
知り合いの主婦にそのことを相談すると「あなたはなぜ料理を作るんだい?食べさせる人がいるからだろう」と言われてハッとしたという話があります。
料理は食べるために作るものであり、作って食べなければ本分が全うできないものだからです。
私たちの生についても同じことが言えるでしょう。
私たちの生涯は私たちがただそこに存在するためだけにあるのではありません。
何かそこに意味があるのです。
いずれ来る死という終わりがあるからこそ、私たちは限られた時間の中でどのように生きるべきかに目を向けさせられるのです。
キリストはその限られた時を、人々に神様の御心について語り、神様を信じて従う歩みに徹されました。
それは、信じる者への裁きが復活の命という形で報われることをお示しになるためでした。
私たちの生が明日終わるとしたら、今日私たちは神様のためにどのように生きるべきでしょうか?
(20230903週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。