2023年8月30日水曜日

今週の黙想文(ルカ12:20)

「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。」
──ルカによる福音書12章20節


† † †

たとえ話の中で、ある金持ちの畑が豊作となりましたが、彼はその実りを独占し、倉にしまい込んで明日からの生活に安心を得ようとしています。
しかしその夜、彼は神様によって自分の命がその日で尽きることを告げられるのです。
「お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか。」という神様からの問いかけは、私たちが持っているもの、そのいのちがいったい誰のものなのかということを改めて考えさせられます。

たとえ話の彼は、「(私の)作物」「(私の)倉」「(私の)魂」という言葉を使っています。
神様から与えられたいのち、神様から与えられた恵みという視点を捨て去ったからこそ、神様からの死の宣告は悲劇的に聞こえてきます。
しかしすべては神様から与えられたものという視点で生きていたなら、彼のいのちがその夜に失われたとしても、豊かな恵みを他に分け与え、皆からの感謝と祝福のうちに人生を終えられた人となったはずなのです。

だからこそキリストは、私たちのいのちが神様の御前において豊かになるように導いておられます。
それは同時に、神様から与えられた「いのち」が関わりあう人さえ豊かにするために与えられているものなのだと、示すことになるのです。

(20230827週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。

2023年8月27日日曜日

聖霊降臨後第13主日礼拝。

本日8月27日は聖霊降臨後第13主日の礼拝でした。

松本教会は通信礼拝として、
長野教会は聖餐礼拝として、
両教会10時半より守られました。

今日も大変暑い日でした。牧師もすっかり夏バテ気味です。
来週はもう九月に入りますが、少しは暑さが落ち着けばと願ってやみません。
皆様の健康が神様によって守られますように。



*今週の祈り*

愛の働きを私たちに委ねたもう主なる神様。
主よ、あなたは愛そのものです。
イエス・キリストとしてこの世にお生まれになり、その歩みを通して、あなたはすべての人の主なる神としての愛をお示しになりました。
そしてその愛が、あなたから私たちへという一方向だけではなく、私たちから他の人々へと広がっていくことをお望みになりました。
そのために、欠けた器である私たちを、あなたの愛を示す器として用いてくださいます。

あなたは愛です。
しかしこの世は愛に飢えています。
愛を失い、他者を省みることのできない人々が、自分勝手になり、誰かを傷つけてしまう、そのような現実がそこかしこにあります。
しかし主よ、そのような現実は、あなたがキリストとしてこの世に来られた時からそこにあり、弟子たちもまたその罪の誘惑に勝つことが出来ませんでした。
だからこそあなたは、私たちが何度でも悔い改めることのできるしるしとして、キリストの十字架を私たちに示してくださいます。
すべての罪を十字架のキリストのゆえに赦してくださった、あなたの憐みと愛が、今日も私たちに注がれていることを思い起こします。

どうか私たちが、日々のその時々において、キリストのみ言葉を思い起こすことが出来ますように。
人々との関わりに疲れ果てたキリストは、一人山に登り、あなたとの祈りの時を持ちました。
そのように、私たちもまた短くともあなたに祈る時間を取ることが出来ますように。
キリストは宣教から帰ってきた弟子たちに休むようにと言われました。
私たちもまた、あなたの愛に満ちた働きを担うために、十分な休息を取ることもまた、あなたが求めておられることを思い起こすことが出来ますように。
そしてあなたが今日ペトロに告げられたように、私たちの働きが、キリストのように誰かに寄り添い、癒し、慰め、迷い苦しむ誰かを神様へとつなげる働きとして用いられますように。

今日教会に集うことのできなかった方々の上にも、あなたの導きがありますように。
また病の中にある人に、癒しと十分な休息をお与えください。
私たち一人ひとりがこの教会を支える柱として立たされていること、そのために私たちが出来る精いっぱいの働きを、あなたが御心の内に委ねてくださっていることをおぼえ、感謝してそれを担っていくことが出来ますように。

***

*説教動画は長野・松本教会Youtubeチャンネルよりご視聴できます。*




2023年8月24日木曜日

次回27日・聖霊降臨後第13主日礼拝のご案内。

次週2023年8月27日(日)は聖霊降臨後第13主日の礼拝です。

松本教会・長野教会は
野口和音牧師の説教
「教会の礎はあなた」

と題して、
松本教会は通信礼拝として、
長野教会は聖餐礼拝として
両教会10時半より行われます。


どうぞご自由にお越しください。
信徒の方で説教動画をご覧になりたい方は、週報記載のQRコードか、松本教会・長野教会YouTubeチャンネルをご覧ください。

† † †

イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。 弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」 シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。 すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。 わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。 わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」 それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。

──マタイによる福音書16章13-20節

2023年8月23日水曜日

今週の黙想文(ガラ5:14)

律法全体は、
「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。
──ガラテヤの信徒への手紙5章14節


† † †

次のような話があります。
目の不自由な人が夜遅く友人の家から帰ろうとします。
すると友人は灯りのついた提灯を渡します。
その人は「目の不自由な私には提灯はいりません」といいました。
すると、「あなたには提灯はいりませんが、あなたが持っていないと、目が見える人があなたに気がつかずぶつかって危険かもしれません」と教えてくれたという話です。
キリストは律法を「隣人を自分のように愛すること」と要約しました。
隣人を愛するためには、まず自分を愛することから始まると言います。
この自分への愛は、キリストが「私があなた方を愛したように、互いに愛し合いなさい」と言われたように、神様からの愛が前提となっています。
したがって、隣人を自分のように愛することとは、神様が私たちをどのように愛してくれているのかを知ることから踏み出していける愛の形なのです。
神様が私たち一人ひとりをどのような愛のまなざしで見つめておられるのか、その目線で隣人を見つめ、神様から受けた愛を分かち合うような関わりを持ってまいりたいものです。

(20230820週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。

2023年8月20日日曜日

聖霊降臨後第12主日礼拝。

本日8月20日は聖霊降臨後第12主日の礼拝でした。

松本教会は主日礼拝として、
長野教会は信徒礼拝として、
両教会10時半より守られました。



松本教会の玄関の手すり付きスロープが新しく設置され、教会横の塀が新しくなりました!
特に手すり付きスロープの設置は、バリアフリー化という意味でもこれから必要な設備として設置できたことをうれしく思います。
どうぞご活用ください。

*今週の祈り*

祈りを聞き届けたもう主なる神様。
あなたは私たちの祈りをいつも聞いておられます。
私たちにとってどのような応答が一番良いかに、心を注いでくださっています。
あなたからの応答は私たちが願うようなものでないこともしばしばあります。
しかしそれをあなたの御心として受け取り、そこにどのような意味が込められているのかを、あなたへの信頼をもって聞き取っていくことが出来ますように。
主よ、あなたはわたしたちへの愛を欠かすことなく、私たちが御心に適う生き方へと導かれるようにと、様々な形を通して祈りに答えをくださいます。
すべてのことに意味があり、今私たちが抱える重荷や悩みが取り除かれなくとも、あなたによって支えられ、振り返って見れば必ずあなたからの導きがそこにあったと思い起こすことが出来るような道を示してくださいます。
私たちがあなたに祈りを捧げる時、私たちの中には切実な願いがあります。
たとえ私たちの目にはすぐにあなたの応答が見えなくとも、あなたが確かに応えてくださることを信じて祈り続けることが出来ますように。
また、祈りを通じて自らを省みる機会を与えられますように。
そしてキリストがそうであったように、私たちもまた誰かとの関わりのうちに、その人の歩む先に心を向けて、必要な言葉をかけていくことができますように。
世界には様々な人と人との分裂があります。
すれ違いや勘違いによって関係を損なってしまう人、自分の欲望を抑えられず事件を起こしてしまう人、また過労やストレスのゆえに自死を選んでしまう人がいます。
わたしたちの心はもろく、弱く、迷いやすいものです。
だからこそあなたという支えと導きがなければ、私たちは簡単にあなたの御心から外れてしまいそうになります。
主よ、私たちが歩むべき道と、愛と配慮に満ちた関わり合いとを示し、私たちがそれに倣っていくことができるように、共にいてください。
祈りをもって、私たちの思いを受け止めてください。
そしてどうか、傷ついた一人ひとりがあなたの憐みによって癒され、再びあなたの御心に立って歩んでいけるような励ましを与えてくださいますように。
そしてなによりも、私たちに絶えず祈ることを教えて下さいますように。

***

*説教動画は長野・松本教会Youtubeチャンネルよりご視聴できます。*




2023年8月17日木曜日

次回20日・聖霊降臨後第12主日礼拝のご案内。

次週2023年8月20日(日)は聖霊降臨後第12主日の礼拝です。

野口和音牧師の説教
「彼女の祈りが届いた理由」

と題して、
松本教会は主日礼拝として、
長野教会は信徒礼拝として
両教会10時半より行われます。


どうぞご自由にお越しください。
信徒の方で説教動画をご覧になりたい方は、週報記載のQRコードか、松本教会・長野教会YouTubeチャンネルをご覧ください。

† † †

イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

──マタイ福音書15章21-28節

2023年8月16日水曜日

今週の黙想文(使27:15)

船はそれに巻き込まれ、
風に逆らって進むことができなかったので、
わたしたちは流されるにまかせた。
──使徒言行録27章15節


† † †

仏教のお経に出てくる架空の鳥で「寒苦鳥」というものがいます。
この鳥の特徴は巣を造らず、ヒマラヤの寒い夜を、寒苦鳥の夫婦はお互い抱き合って震えて過ごすのです。
そして「明日は必ず巣を作ろう」と話しあいます。
しかし朝がきて太陽の光で温かくなると、そのことを忘れて「巣をつくるなんて無駄だ、すべては神様におまかせしよう」というのです。
仏教では愚かさを教える話ですが、神様に委ねるということの大事さも聞き取れます。
パウロをローマへと護送する船が嵐に遭っています。
パウロの忠告を聞かなかったことで、人々は流されるにまかせて難破するのです。
しかしパウロだけは神様に「まかせた」ことで御言葉を聞き、怖れ迷う人々を力づけることができました。
神様に委ねるということは、自分がやれることは全てやりつくした上で、神様を信じて「まかせる」ということなのです。

(20230813週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。

2023年8月13日日曜日

聖霊降臨後第11主日礼拝。

本日8月13日は聖霊降臨後第11主日の礼拝でした。

松本教会は通信礼拝として、
長野教会は主日礼拝として、
両教会10時半より守られました。

本日は長野教会での礼拝後、プチ修養会が行われました。
先日東京教会で行われた宣教フォーラム「五感に響く豊かな礼拝」の講義部分を皆で視聴し、よき学びの時となりました。


礼拝堂に設置したスクリーンが役に立ちました。
通信礼拝時だけでなく、今後もこのような時にも活用されればと思います。

大変暑い日が続き、台風も迫ってきていますが、一人一人の生活が守られ、必要な助けが与えられますように祈りつつ、1週間を過ごしてまいりたいと思います。

*今週の祈り*

私たちを見つめておられる主なる神様。
あなたは天地創造の始めから、私たちの罪をご存じです。
あなたに心を向けることさえ難しい時がある、信仰の薄い私たちを、それでもあなたは愛と憐れみをもって、心を注いでくださっています。
荒れ狂うこの世の嵐のなかに歩むときにも、あなたのまなざしは途切れることなく、私たちがあなたに心を向けることを待ち望んでおられます。
どうか私たちが、そのようなあなたの憐れみと愛に満たされていることを、いつも思い起こすことができますように。
今日の日課の中で弟子たちがひどい嵐に遭ったように、台風の被害を各地が受けています。
台風6号が通過した沖縄・九州においても、多くの人々が避難し、中には家を失った人、天へと召された人もいたと聞きます。
主よ、どうか被害を受け、今なお苦難の中にある人々の上に、必要な助けをお与えください。
また、台風7号も関東に迫ってきています。
どうか被害が最小限に抑えられますように。
私たちが自分のことだけに精いっぱいになるのではなく、共に助け合い、支えあいつつ、日々迫りくる嵐を乗り越えていくことができますように。
主よ、あなたの御許に召された方がおられます。
この地上において、あなたへの信仰を示すことがなかったとしても、御国の門の前において、あなたへの招きを受けることができますように。
陰府にまで降り、全ての人々を御国の救いへと招いてくださるあなたの憐れみによって、全ての人が悔い改めをもって受け取ることができますように。
新しい命が与えられた家族がおられます。
主よ、新しい命の誕生という奇跡を与えてくださったことに感謝します。
どうかあなたが共にあって、その成長を守り導いてください。
そしてどうか、あなたのみ言葉に耳を傾け、その愛に生きる者として二人を立ててくださいますように。
今日教会に集うことのできなかった方々一人一人に、あなたの御手がのばされ、その心に平安が与えられますように。
十分な休息と癒しをもって、新しい一週間を歩みだすための力を、どうか私たち一人一人のうちに備えてくださいますように。

***

*説教動画は長野・松本教会Youtubeチャンネルよりご視聴できます。*




2023年8月10日木曜日

次回13日・聖霊降臨後第11主日の礼拝案内。

次週2023年8月13日(日)は聖霊降臨後第11主日の礼拝です。

松本教会・長野教会は
野口和音牧師の説教
「あなただけを見つめて」

と題して、
松本教会は通信礼拝として、
長野教会は主日礼拝として
両教会10時半より行われます。


どうぞご自由にお越しください。
信徒の方で説教動画をご覧になりたい方は、週報記載のQRコードか、松本教会・長野教会YouTubeチャンネルをご覧ください。

† † †

それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。

──マタイによる福音書14章22-33節

2023年8月9日水曜日

今週の黙想文(箴11:12)

心ない者は友人を侮る。
英知ある人は沈黙を守る。
──箴言11章12節


† † †

箴言は旧約聖書の中で知恵文学と呼ばれています。
生きていく中で起こる問題や試練を乗り越えるために必要なのが聖書における知恵であり、その集積が箴言です。
「英知ある人は沈黙を守る」という言葉には、むやみに隣人や友人の欠点を口にせず、沈黙を守ることで得られる恵みがあるという意味が込められています。
しかしそれだけではありません。
ある本に真のリーダーの資質について「リーダーは口を閉ざす」ことが大事であると書かれていました。
その意味は、「人の意見を聞く」ということです。
人の話を聞くためには自分は沈黙しなければなりません。
キリストも教えを語られるとき、繰り返し「耳あるものは聞きなさい」と言われます。
私たちの耳が隣人へと開かれているか。
人の意見を引き出し、耳を傾けようとしているか。
まず「聞くという奉仕」に徹してこそ、私たちはキリストが教えられた愛、隣人の立場に寄り添い生きる愛に、踏み出していくことができるのです。
そしてそれこそが、神様が私たちに教えようとしておられる最も深い知恵であるのです。

(20230806週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。

2023年8月7日月曜日

牧師エッセイ(2023年8月)

「平和」という言葉は本来、私たちにとって失われてはならない言葉であると思います。
しかし近年ではこの「平和」という言葉が、色々なところで軽く扱われているように思います。
実際には平和とは思えない言動や行動をしていながら平和を標榜する、そのような例は世界中でいくつも挙げられるからです。
「平和」という言葉だけではありません。「正義」や「正しさ」、時には「あなたのためを思って」という善意さえ、その言葉とは逆の現実を生み出すことがあります。

聖書は神様が平和を望み、正義と善──愛に満ちた関わりに生きるようにと私たちに勧めています。
それに従って生きようと思うことは何も間違ってはいません。
しかし私たちのうちには、それを間違った形へと変えてしまおうとする罪もまたあることを、注意しなければならないのだと思います。
パウロも引用しているように、「彼らは隣人と平和を語りながら、その心には悪があるのです。(詩編28:3)」と聖書は人間の現実を叫んでいるからです。

私たちの平和、正しさは、御言葉に照らして、神の愛に照らして、自分のためではなく相手のための正しさに、平和をもたらす歩みに、立てているだろうか。
そのように私たちがいつも自分自身を振り返り、問い直し続けることでしか、罪から逃れるすべはありません。
だからこそキリストは、私たちが絶えず悔い改めることができるように、私たちの罪を十字架において背負ってくださったのです。
平和を覚える時、パウロの言葉を胸に刻みたいと思います。

「実に、キリストはわたしたちの平和であります。…十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。(エフェソ2:14)」


アンソニー・ヴァン・ダイク
「十字架の聖フランチェスコ」

2023年8月6日日曜日

平和主日礼拝。

本日8月6日は平和主日の礼拝でした。

松本教会は聖餐礼拝として、
長野教会は信徒礼拝として、
両教会10時半より守られました。

本日は礼拝後、数年ぶりに教会学校のデイキャンプを行うことが出来ました。
礼拝では平和のことについて考え、平和をわかちあう言葉を届けるために、手作りのちぎり絵ポストカードを作りました。


水遊びも大賑わい!みんなでワイワイ楽しく遊ぶことが出来ました。
皆さんの毎日がこれからも神様に守られますように。


*今週の祈り*

世界の平和の主である神様。
あなたはこの世界を良いものとして創造されました。
しかし今なおこの世界はあなたの御心から離れ、世界と人々を傷つけ壊す力ばかりを貯めこんでいます。
特に今日は、日本で初めて、広島に原爆が落とされ、多くの人々が命を奪われたことを思い起こす日として、守られています。
今なおその苦しみを語り継いでいる人々がいます。
戦争が過去のものではなく、今なお起こりうる現実であり、一人一人がそれを受け止め、二度と繰り返すことのないように、考え歩んでいくことができますように。
平和のために、抑止力として必要だという理由で、国々が核兵器を用いている現実があります。
そのような中で、どうかあなたが真の平和を示してください。
恐怖や力の強さによってねじ伏せられるかりそめの平和ではない、人々が赦しあい、心から平安を分かち合うことのできる関係性を目指していくことができますように。
そのために、私たち一人一人を用いて、人々のうちに平和をもたらすものとして、立ててください。
私たち自身の心が平安であるかどうかを祈りの中に問いかけ、あなたによって平安に満たされますように。
私たちの言葉や行動が、誰かを傷つけてしまってはいないかということを思い起こし、悔い改めをもってあなたのみ言葉に立っていくことができますように。
そしてどうか、この教会が平和を証しする群れとして整えられますように。
主よ、今日様々な理由から、教会に来ることのできなかった人々がいます。
施設にお住まいの方、自宅で祈りを合わせておられる方、病と戦っておられる方がおられます。
どうかその一人一人の祈りを束ね、私たちの祈りと共に一つにしてください。
全ての祈りを通して、あなたから全ての人々へ、平安がもたらされますように。

***

*説教動画は長野・松本教会Youtubeチャンネルよりご視聴できます。*




2023年8月3日木曜日

次回8月6日・平和主日の礼拝のご案内。

次週2023年8月6日(日)は平和主日の礼拝です。

松本教会・長野教会は
野口和音牧師の説教
「愛の大槌で心を打ち直す」

と題して、
松本教会は聖餐礼拝として、
長野教会は信徒礼拝として
両教会10時半より行われます。


どうぞご自由にお越しください。
信徒の方で説教動画をご覧になりたい方は、週報記載のQRコードか、松本教会・長野教会YouTubeチャンネルをご覧ください。

† † †

父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

──ヨハネ福音書15章9-12節

2023年8月2日水曜日

今週の黙想文(マタイ8:8)

ただ、ひと言おっしゃってください。
そうすれば、わたしの僕はいやされます。
──マタイ福音書8章8節


† † †

キリストのもとに、ローマの百人隊長がやってきてこのように言いました。
ユダヤは当時ローマ帝国の支配下にありましたから、ユダヤ人たちと、ユダヤの治安を統治するローマの兵士たちは、お互いに良い関係ではなかったはずです。
そのような関係性の壁を超えて、敵国の兵士、しかも百人隊長という地位のある人がキリストの許へとやってきて、自分の部下を癒してほしいと懇願するのです。
その言葉には自らが地位と権力を振るう側であるからこそ、従う相手と、従う立場をわきまえている姿が現されています。
あるお寺の一言にこのようにありました。
「たった一言が、人の心を傷つける。たった一言が、人の心を温める」。
私たちもまた、この世においては様々な上下関係、人間関係のうちに生きています。
しかし等しく神様の子どもとされたわたしたちであるからこそ、私たちが誰かに言葉を投げかけるとき、それが誰かの心を温めるものでありたいと思います。

(20230730週報記載)


……今週の黙想とは……


日曜日だけではなく、平日においても聖書の言葉に触れる機会として用いていただければ幸いです。
引用されているみ言葉だけでなく、聖書を開き、その前後や他の箇所を開いてみましょう。
そして、そこに生きていた人々に思いを馳せ、そこにあなたも生きていて、語りかけられているという気持ちで読んでみましょう。
自分はみ言葉を聞いてどのように感じたかを大切にし、ゆったりと考えてみてください。

あなたの日々がみ言葉によって豊かにされますように。